バスコのLIFE GOES ON!

40代でエレキギターを始めた愚か者の雑記帳。映画、音楽等についても申し述べます。

YOUSICIANを途中解約してみました

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(注)この記事は2019.11.11時点での情報です。サービスの内容が変更になっていることがありますので、ご注意ください。

 

 もうすぐYOUSICIANの年間メンバーシップの更新時期を迎えるのですが、このまま自動更新となると、一番高いPREMIUM+で年会費約2万円の大散財となってしまいます(初回は、特別割引で年間1万円くらいでした)。PREMIUM+は、ギターだけでなく、ピアノ、ウクレレ、ボーカル等あらゆるコースを使い放題なのですが、音楽一家ならともかく、日々の練習時間にも事欠く私には無用の長物で、継続したとしてもギターオンリーのPREMIUMが関の山です(これだと大体年間1万円)。

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 サブスクリプション(定期購読)の怖いところは、いつの間にか更新時期を過ぎてしまい、自動更新されてしまうことです。それを避けるために、スマホのカレンダーには様々なサブスクリプションの更新時期を入力しているのですが、忙しさにかまけてうっかり……ということも無きにしも非ずです。

 とはいえ、なんでも早めに解約すればいいというものでもありません。解約時の対応パターンには、期限が残っていても即時解約の場合と、解約しても期間到来までは継続使用可能な場合の2種類があるからです。早めの解約をした結果、即時解約で残期間がパーになったときの精神的ショックは計り知れませんので、手続き前にどちらのパターンなのか確認が必要です。

 英語オンリーのYOUSICIANのヘルプをチェックしたところ、どうやら解約しても残期間中は継続使用可能なパターンのようです。どうせ後2週間くらいでメンバーシップ終了なので実際のところどうなのか試してみました。

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 YOUSICIANのアカウントの下の方に「SUBSCRIPTION」があるので、Cancelをタップ(クリック)します。

 そうすると、なぜ辞めるのか尋ねられます。どれを選んでもいいのでしょうが、私は「I DON’T HAVE TIME TO PLAY」を選んでみました。

 すると、「ちょっと待って。忙しい人でも15分は練習時間を作れるよ」と秘策を教えてくれます。

 その秘策とは、

 #1 SNSを控えればいいんだよ。大体1日3時間はSNS見てるらしいから、そのうち10%でも控えれば全然時間作れるよ(グラフ入りで力説)。

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 #2 君自身の練習計画を作ればいいんだよ。毎週1曲ずつでもレパートリー増やせば、仲間とジャムれるよ。

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 #3 友達と競い合ってみるといいよ。プロミュージシャンもみんなそうしてきたんだ。

 さあ、これで続ける気になっただろう。「CONTINUE WITH PREMIUM」(プレミアムプランを続けよう」!……だけど今回は、その下の「やっぱり結構です」をタップしました。

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 すると「残念だけどね。サブスクリプションはちゃんとキャンセルできたよ」と表示されました。

 アカウントに戻ると「更新はキャンセルされたけど、期限までは使えるよ」というメッセージが表示されており、無事その日も練習できました。

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 このまま期限がやってくると、フリープランのメンバーになるはずなので、それからまた新たなコースを契約できるはずです。

 ということで、11月23日まではYOUSICIANを続ける予定ですが、その後はどうしようか思案中です。別にYOUSICIANに飽きたわけではありませんが、せっかくの機会ですし、他のサービスも眺めてみようと思います。

 

油断一瞬! ダーティー・メリー・クレイジー・ラリー

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 1974年 アメリ

 

 68年式の青のシェビーが、とある家の前で停まると、家の中から男が出てきて運転席に座ります。男の名はラリー。職業はレーサーです。そして、シェビーをそこまで運転してきた男はディーク。ラリーの担当メカニックです。

 ラリーが運転するシェビーが爆音と派手なスキール音を立てて走り去る音で家の中で寝ていた女が目を覚まします。女の名はメリー。ラリーが一夜を共にした相手です。

 ラリーとディークはレースで勝てる車を手に入れるため強盗を計画していました。その計画とはディークがスーパーマーケットの責任者の妻子を人質にして脅し、ラリーが責任者から店の売上金を受け取るというものでした。

 2人は首尾よく事を進めますが、事情も知らず置いていかれたことに怒って追いかけてきたメリーが、逃走用のシェビーに乗り込んできてしまいます。2人はメリーを追いやろうとしますが、なかなか引き下がらないメリーに根負けし、仕方なく3人での逃亡劇が始まります。

 一方、通報を受けた警察も黙ってはいません。犯人逮捕のためなら手段を選ばないフランクリン隊長が招集されます。フランクリンはラリー達の先を読んで何度も追い詰めますが、後一歩のところで取り逃してしまいます。業を煮やしたフランクリンは自らヘリに乗り込みます。

 いくつかのトラブルやピンチを切り抜け、3人は計画どおりクルミの森に到達します。そこはクルミの木々の間を無数の道が縦横に交わっているため、どの道から森を出てくるのか予測が困難な特殊な場所でした。

 このままでは取り逃してしまうと焦るフランクリンは、搭乗していたヘリを超低空飛行させてラリー達の車に体当たりさせてまで止めようとします。しかし残念ながらヘリは燃料切れで離脱します。とうとうラリー達の勝利が確定です。車を走らせ上機嫌でこれからの夢を語る3人。そのとき、あっ!

 

 

 ラリーはNASCARレーサーという設定のようですが、作中ではそこははっきりと語られません。

 交差点をドリフトしながらコーナーリングするときに、いつもリアタイヤが道路から少しはみ出してしまうところが気になりますが、多分そちらの方が土煙が立って迫力があるだろうという演出で、本気のラリーはもっと運転が上手いはずです。

 なんといってもメリーのオテンバぶりが大変です。実際に身近にいたらほとほと手を焼くことでしょう。

 しかし、私の心に一番残ったのは不憫なディークでした。ラリーと2人で強盗を実行し、ラリーとメリーと共に逃亡劇を繰り広げるのに、イマイチ目立たない上に、タイトルからも外されてしまい「無かったこと」扱いです。やはり、3人の中で唯一の常識人だったからでしょうか。そういうディークもどうやら酒で失敗した過去がある様子。残念ながら詳しいことが語られることはありませんでしたが、ちょっと興味をそそられます。

 コンピュータがまだ人間の足手纏いでしかなかった古き良き時代に繰り広げられた、大らかなカーチェイス活劇です。

 

 最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

安全な旅行のためにきちんと準備しましょう ストランデッド

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 2001年 スペイン

 

 (注)今回のあらすじはラストまで書かれています。 

 

 ペロス船長率いるクルーが人類初の有人火星着陸に挑みます。

 着陸船に乗り込むのは6人のクルー。しかしソフトウエアのバグで不時着してしまい、その衝撃で船長は死亡します。

 残されたクルーは何とか希望を繋ごうとしますが、エンジニアで現実主義者のルカは全員が生き残る方法はなく、最大限楽観的に見ても救助が来るまで船内の物資で生存できるのは2人だけだと断言します。

 副船長のスザンナはその2人にルカと医師のジェニーが適任と判断し、自らを含め他の3人が船を立ち去ることを決定します。死の宣告をされたハーバートとフィデルは激しく抵抗しますが、結局スザンナの決定に従うことになります。

 スザンナ、ハーバートそしてフィデルの3人は宇宙服に身を包み、マリネリス峡谷へ散歩に出発します。その散歩の終着点は酸素ボンベが空になったとき、すなわち死です。マリネリス峡谷へ向かったのは、そこに何かの変化が認められるという事前情報があったためでした。しかしそれを確かめたところで生存の可能性はありません。3人は自分たちが火星にやってきた意義を自分に言い聞かせるように前進します。

 最初に死んだのはハーバートでした。残った2人は峡谷を下り続け谷底まで到達します。そこは一見袋小路でしたが、スザンナは洞窟があることに気づきます。洞窟の中を進むうちに、気圧が上がり始めます。酸素の残りが僅かだったフィデルがヘルメットを脱ぐと信じられないことに呼吸できます。

 さらに洞窟を進むと壁一面に彫刻が施されています。知的生命体の所業に違いありません。2人は迷宮のような洞窟の探索を続けますが、途中でフィデルは不慮の事故で死んでしまいます。

 その後も長い時間をかけて洞窟を彷徨ったスザンナは遂に出口に通じる通路を見つけます。傍らに人間に似た生命体の死体が並ぶ通路を通り抜けると、そこには空気と水が存在する世界が広がっていました。

 スザンナから連絡を受けたルカとジェニーは、その地で合流し、共に救助を待つことにしました。

 そこにあったのはどんな文化だったのでしょうか。高度な文化がなぜ滅んだのでしょうか。

 

 火星に有人探査に行くのに、バックアッププランが全く無いという恐ろしい話です。冷戦時代の米ソのように競い合うように宇宙開発をしていた時代であればともかく、なぜそのような無謀な計画にゴーサインが出たのかは判りません。

 また、救助が来るまで早くて2年程度と彼らは見積もっていますが、ロケットを作ってから飛ばすまでの時間が考えられていません。

 マリネリス峡谷は1971年に火星探査機マリナー9号により発見された峡谷で、ノクティウス迷路等入り組んだ地形が特徴的とされていて、確かに何か住んでいそうな感じです。しかし、スザンナが洞窟を見つけるまでは、ただの岩場が続くだけであり、生命の営みがあったことを示唆する痕跡は全くありません。

ja.wikipedia.org

 スザンナは洞窟の壁一面の彫刻にも、火星人らしき生命体の無数の死体にも、大して驚きも関心もせず前進し続けます。そして人間が生存可能な環境に到達するわけですが、もう少し好奇心を持てよとツッコミたくなります。まるでスピードクリアを目指してひたすら走り続けるスーパーマリオでも見ているかのようです。

 最後のシーン、3人はすっかり安心しきって宇宙服も脱ぎ捨ててくつろいでいるのですが、観ているこっちの方が、本当に夜になっても大丈夫なの?とか、太陽風とか宇宙放射線とか大丈夫なの?とか、地球からの救助隊が判るように自分たちがいる場所を記したメモをちゃんと置いてきたの?等といろいろ心配になってしまいました。

 ナショナルジオグラフィックの「マーズ 火星移住計画」の方がずっと本格的です。それだけ、テレビドラマ(テレビ映画?)の進歩がすごいとも言えるのかも?

 

natgeotv.jp

 最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

自分の身に何が起こっても、「自己責任」と自分に言えますか? 私は、ダニエル・ブレイク

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 2016年 イギリス・フランス

 

 (注)今回のあらすじはラストまで書かれています。 

 

 ダニエル・ブレイクは、最愛の妻に先立たれながらも、40年間大工一筋で頑張ってきましたが、心臓発作を起こし、医師から仕事をすることを禁じられてしまいました。

 当然支援手当を受給できるものと考えていましたが、予想に反して就業可能と判定され、不支給となってしまいます。納得できないブレイクは、政府が審査を委託している民間企業に問い合わせをしますが、はぐらかされるばかりでラチがあきません。

 止むを得ず職安に求職者手当を申請しようとしますが、こちらも運営を民間企業に委託しているためか、杓子定規の対応です。ブレイクは別の窓口で同じように憤っている2人の子連れの女性ケイティと出会います。

 ケイティは家を失い、ホームレス用の施設にいましたが、施設の環境に子供がストレスを感じていたため古いアパートに引っ越してきたのです。荒廃したアパートを見かねたブイレクは修繕を受け合います。そのことがきっかけで、ブレイクはケイティの子供の面倒を見てやる等手助けするようになります。ブレイクは必死に子供達を育てようとしているケイティを応援したかったのです。

 

 しかしお金に困って追い詰められたケイティは売春に手を染めるようになります。そのことを知ったブレイクは考え直すよう説得しますが、どちらも解決策を持ち合わせていませんでした。

 なぜならブレイク自身もケイティと同じく崖っぷちで、家財道具も売り払わざるをえない状態だったからです。求職者手当の受給のために職安に行っても求職活動が不十分等とケチをつけられます。元々は働けないから支援手当を受給するはずだったのに、それが却下されたために止むを得ず求職者手当を頼ろうとしているブレイクは、やり場のない憤りを感じます。

 ある日、ブレイクはケイティの勧めで支援手当受給のための支援団体を頼ることにします。面接のために団体の事務所に赴いたブレイクの心中に希望が芽生えますが、その矢先に心臓発作が再発し、あっけなく帰らぬ人となってしまいます。

 ブレイクの葬儀で、ケイティはその日ブレイクが支援団体に訴えるために用意していたメモを読み上げます。そこにはこう書いてありました。

私は依頼人でも顧客でもユーザーでもない。怠け者でもたかり屋でも物乞いでも泥棒でもない。国民保険番号でもなく、エラー音でもない。

きちんと税金を払ってきた。そのことを誇りに思っている。

地位の高い者には媚びないが、隣人には手を貸す。

施しは要らない。

私はダニエルブレイク。

私は人間だ。犬ではない。

当たり前の権利を要求する。

敬意ある態度というものを。私はダニエルブレイク。1人の市民だ。

それ以上でも以下でもない。

  イギリスはサッチャー政権下で「小さい政府」を志向し国営企業の民営化を積極的に進めた国です。この映画の主題は、その政策に対するアンチテーゼだと思います。

 今や公務の民営化は世界中で広がっており、日本も例外ではありません。

 それとともに、いつの頃からか「自己責任」という風潮が強まってきているように感じます。確かに個々が他力本願ではなく自立するべきではありますが、予期せぬ事情で自立できなくなった人に対してこの言葉を突きつけるのは酷だと思います。

 人生は何が起きるかわかりません。皆、自分だけは大丈夫と思っていますが一種の錯覚です(正常性バイアスとも)。もし、自分の身に不測の出来事が降りかかったとしても、なお「自己責任」と自分に言い聞かせることができるという確信を持てる人以外は、無闇にこの言葉を使うべきではない、そんなことを考えさせられました。

 

 最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 
わたしは、ダニエル・ブレイク [DVD]

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YousicianWeeklyReport 2019.10.28-11.3

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 Yousicianから先週のレポートが送られてきました。

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 練習日数6日間、練習時間1時間58分でした。今週のTipsは、上達するには週に3、4日練習する習慣をつけよう、でした。

 もうそろそろサブスクリプションの更新時期です。どうしようか、まだ迷っています。

 

映画のような現実ではなく、現実のような映画 エッセンシャル・キリング

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 2010年 ポーランド

 

 アフガニスタンの岩場で捜索活動している米軍3人を、テロリストの男がロケット砲で殺害します。逃亡を図りますが、あえなく援軍に捕らえられます。

 男は収容所で拷問を受けた後、他の捕虜とともに移送されます。場所は分かりませんが、一面が雪景色の厳寒の地です。山中で護送車両がスリップ事故を起こした隙に男は逃げ出します。

 逃亡の道すがら、たまたま遭遇した人を躊躇なく殺害し車や衣類を奪います。やがて夜が明けると、空からはヘリ、陸上からは軍用犬を連れた捜索隊が男を追います。

 男は途中捕まりそうになりながらも、運にも恵まれ何とか逃げ切ります。しかし、狩猟用の罠に足を挟んだり、崖から転落したりして満身創痍になります。

 何よりも耐え難いのが飢えです。冬山には食べ物がなく、男は蟻塚のアリ、樹皮そして名も知らぬ木の実で飢えをしのごうとし、仕舞いには道端で赤ん坊に母乳を与えている女性の乳首にむしゃぶりつきます。

 男は行くべき先も定まらないまま、ただひたすら雪山の中を進みます。

 やがて男は民家にたどり着き、そのまま力尽きます。それに気づいた住人の女性が、男を介抱します。服を脱がすと、男は腹部に大怪我をしました。女性は傷の手当をし食事と衣類を与えます。夫がやがて帰ってくるので男を置いておくわけにもいかず、一通りの世話を終えると女性は馬を与えて男を送り出します。

 馬上で徐々に力を失っていく男。やがて大量の吐血が白馬の毛を濡らします。男の運命は……。

 

 ヴィンセント・ギャロ主演で、ノーセリフです(叫んだりうめいたりはします)。

 一応あらすじは書きましたが、一言でいえば、「男が、雪山をひたすら逃亡する」だけの映画です。

 砂漠地帯から厳寒の山中に放り出された男が、希望もなく、目的地もなく、ただひたすらに逃亡し続けます。どんな幸運に恵まれたとしても救われる可能性は無い、まさしく絶望的な状況に思えますが、その中にあっても一縷の望みを信じるかのように男は諦めません。「絶望」とはその一縷の望みが蜃気楼のような幻であることに気づいた時に初めて理解できるものであり、生存本能を断ち切る死神の大鎌如き残酷なものなのかも知れません。

(ここからは少しディスります。あくまでも個人的な感想ですので、ご容赦ください。)

 ……鑑賞側が最大限想像力を働かせると、そういった感想になるのですが、シニカルな見方をすると、「灼熱の砂漠から男が一転厳寒の地に放り出されてひたすら歩くわけ。まっさらな雪原を一人の男が地平線目指して突き進む感じ、絵になると思わない?」みたいなノリだけで制作したのではないかとも思える位、作品のテーマや訴求点が見えない作品です。

 解説を見ると、主人公の名前はムハンマドというらしいですが、作中名前が出てくることは(多分)ありません。それなら「男」で通せばいいのに設定も雑です。

 落書きにしか見えない現代芸術を「これのどこが芸術なの?」と素直に言える人は、ベア・グリルスのサバイバル番組の方がずっと楽しめると思います。それにしても、ベア・グリルスの番組のカメラマンはすごいと思いませんか?

 

 随分脱線しましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 
エッセンシャル・キリング [DVD]

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マフィアではなく政治に殺された正義 FALCONE

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2000年 イタリア、アメリ

 

1978年

 ジョバンニは、故郷シチリアからパレルモ司法局に転任します。

 当時はマフィアが幅をきかせ、都合の悪い要人達を次々と路上で殺害することが日常茶飯事でした。

 ジョバンニは志願し、マフィアの捜査を担当することになります。

 ジョバンニは収監中のマフィアの構成員への取り調べや資料の分析に没頭します。そして、金の流れからマフィアの活動実態を炙り出すことに成功し、キーマンは大物トト・リイナであることを突き止めます。

 その頃、巷ではダラ・キエーザ将軍がマフィア撲滅に乗り出すと報じられ、市民の期待が高まっていましたが、あえなく街中で銃殺されてしまいます。さらにジョバンニの上司のロッコ検事長も爆弾で殺害され、再び閉塞感に包まれます。

 

1984

 転機は、ブラジルに滞在していたマフィアの大物トマーソ・ブシェッタが捕らえられ、ローマ警察に移送されてきたことでした。ブシェッタはジョバンニを連れてくるよう要求します。マフィアと内通していないと信用されての指名でした。そしてパレルモからやってきたジョバンニに、マフィアの内情を事細かに証言します。

 後任の検事長の指示でマフィア捜査の専従班が編成され、その班長にジョバンニが任命されます。ジョバンニの指揮の元、マフィアが大量検挙が行われます。

 そして、過去例がない多数のマフィアの大物を被告とした裁判が行われます。

 評決の結果は、有罪344人、無罪114人。多くの大物が有罪となった大勝利で、検事長はそれを花道に引退します。

 次期検事長にジョバンニが選ばれ、マフィア撲滅の取組の強化が期待されていましたが、協議の結果マフィア犯罪の取り締まりに消極的な対立候補が選ばれてしまいます。

 失意のジョバンニは、ローマ司法省へ転任し、捜査体制の抜本的な見直しを図ります。

 

1992年

 ジョバンニはマフィア撲滅の社会的機運の高まりを感じ、再びパレルモに戻ることにします。しかし……。

 

 

 実話ベースです。

 

 作中、ファルコーニ氏は日本の制度では検事が担うような仕事をしているのですが、ウィキなどでは「判事」となっています。イタリアの刑事司法制度を知らないので、理由は分かりませんでした。

ja.wikipedia.org

 当時のイタリア社会では、マフィアと敵対するのは、裸で木刀を振り上げながら、軍隊に戦いを挑むのと同じくらい無謀だったと思います。そのことを承知の上で、自分の故郷であるシチリアを安全で美しい島に戻したいという一心でマフィアと戦ったファルコーニ氏の勇気はなかなか真似できるものではありません。

 当たり前のように安心して日々を過ごせることがいかに幸せなことか思い出させてくれる作品です。そしてそれが「当たり前」のことではないことを忘れないようにしたいものです。なんか、平和主義者の常套句のようですが……。

 

 最後までお付き合いいただきありがとうございました。