バスコのLIFE GOES ON!

40代でエレキギターを始めた愚か者の雑記帳。映画、音楽等についても申し述べます。

そのときにならなければ、自分の正義感の脆さに気づくことはできない 真実の瞬間(Guilty By Suspicion)

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1991年 アメリ

 

 ロバート・デ・ニーロ主演。

 

 1951年。デイヴィット・メリルは気鋭のハリウッドの映画監督。

 フランスでの2ヶ月のロケハンから帰国すると、映画業界に不穏な空気が流れていました。アメリカ下院非米活動委員会が、ハリウッドの共産主義者排除に乗り出してきたのです。委員会のやり方は、共産主義おそれがある人を召喚し、無罪と引き換えに共産主義おそれがある他人を密告させるというものでした。

 デイヴィットは共産主義者ではありませんでしたが、若かりし頃に集会に参加したことがあるということでリストに名前が上がっていたのです。

 デイヴィットを目にかけていた映画会社の社長からは、委員会に言われるがままに密告してしまえと指示されますが、デイヴィットは無実の人の人生を台無しにするようなことはできないと拒否します。

 共産主義のおそれがある人物が関与した映画は、それだけで圧力によって潰される時代でした。デイヴィットは手掛けていた映画から外されただけでなく、映画業界から完全に干されてしまいます。

 失業生活の苦しみと監督業への強い執着から、デイヴィットは委員会で証言することにします。

 デイヴィットが選んだのは自分の人生、自分の良心のどちらだったのでしょうか。

 

 結局、ハリウッドでの共産主義排斥の流れは20年も続いたということです。その間、多くの映画人が人生を狂わされたという悲劇の一つを描いた作品です。

 人権擁護派から「許すことができない人権蹂躙」、「こういうことが再び起こることがないよう権力への監視を緩めてはならない」といった感想が次々と寄せられるでしょうし、私も基本的には賛同します。

 

 しかし、当時は冷戦時代でした。共産主義が国内で勢力を拡大することによる国家転覆への危機感もまた根強く、その底しれぬ不安感が「赤狩り」旋風へと繋がっていったのだと思います。

 現在の社会で国家安全を脅かす要素が生じたとき、果たしてどれだけの人が人権擁護を声高に訴えることができ、またその訴えに賛同を表明することができるでしょうか。多くは自分の正義感の脆さに気づかぬふりをして、自己弁護をしながら生き残るための選択をするような気がします。

 結果論で「あれは間違いだった」と批判することは簡単ですが、渦中にあって体制を批判することは、とても難しいことだとつくづく再認識しました。

 

 作品とは関係ありませんが、アマゾンプライムではこの映画のことを、下のように紹介していましたが、全然別の映画のことだと思います。こういう映画ではありません。大丈夫か、アマゾン。

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