バスコのLIFE GOES ON!

40代でエレキギターを始めた愚か者の雑記帳。映画、音楽等についても申し述べます。

マフィアではなく政治に殺された正義 FALCONE

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2000年 イタリア、アメリ

 

1978年

 ジョバンニは、故郷シチリアからパレルモ司法局に転任します。

 当時はマフィアが幅をきかせ、都合の悪い要人達を次々と路上で殺害することが日常茶飯事でした。

 ジョバンニは志願し、マフィアの捜査を担当することになります。

 ジョバンニは収監中のマフィアの構成員への取り調べや資料の分析に没頭します。そして、金の流れからマフィアの活動実態を炙り出すことに成功し、キーマンは大物トト・リイナであることを突き止めます。

 その頃、巷ではダラ・キエーザ将軍がマフィア撲滅に乗り出すと報じられ、市民の期待が高まっていましたが、あえなく街中で銃殺されてしまいます。さらにジョバンニの上司のロッコ検事長も爆弾で殺害され、再び閉塞感に包まれます。

 

1984

 転機は、ブラジルに滞在していたマフィアの大物トマーソ・ブシェッタが捕らえられ、ローマ警察に移送されてきたことでした。ブシェッタはジョバンニを連れてくるよう要求します。マフィアと内通していないと信用されての指名でした。そしてパレルモからやってきたジョバンニに、マフィアの内情を事細かに証言します。

 後任の検事長の指示でマフィア捜査の専従班が編成され、その班長にジョバンニが任命されます。ジョバンニの指揮の元、マフィアが大量検挙が行われます。

 そして、過去例がない多数のマフィアの大物を被告とした裁判が行われます。

 評決の結果は、有罪344人、無罪114人。多くの大物が有罪となった大勝利で、検事長はそれを花道に引退します。

 次期検事長にジョバンニが選ばれ、マフィア撲滅の取組の強化が期待されていましたが、協議の結果マフィア犯罪の取り締まりに消極的な対立候補が選ばれてしまいます。

 失意のジョバンニは、ローマ司法省へ転任し、捜査体制の抜本的な見直しを図ります。

 

1992年

 ジョバンニはマフィア撲滅の社会的機運の高まりを感じ、再びパレルモに戻ることにします。しかし……。

 

 

 実話ベースです。

 

 作中、ファルコーニ氏は日本の制度では検事が担うような仕事をしているのですが、ウィキなどでは「判事」となっています。イタリアの刑事司法制度を知らないので、理由は分かりませんでした。

ja.wikipedia.org

 当時のイタリア社会では、マフィアと敵対するのは、裸で木刀を振り上げながら、軍隊に戦いを挑むのと同じくらい無謀だったと思います。そのことを承知の上で、自分の故郷であるシチリアを安全で美しい島に戻したいという一心でマフィアと戦ったファルコーニ氏の勇気はなかなか真似できるものではありません。

 当たり前のように安心して日々を過ごせることがいかに幸せなことか思い出させてくれる作品です。そしてそれが「当たり前」のことではないことを忘れないようにしたいものです。なんか、平和主義者の常套句のようですが……。

 

 最後までお付き合いいただきありがとうございました。